
<2012年版華エッセー>
2012年4月17日
まだ雪が残っています・・・・。
の声をお聞きしているのに、私のところではもう夏?と思うような暑い日もある、
日本とはそんな国なんですね・・・・。
半月ほど前友達が飼ってる猫の事で相談に来ました。
時々うちの子の面倒見てくれる優しい猫好きの友達です。
その猫は未だ2才です。暑い夏の日散歩中にぐったりしてる子猫を見つけ、その子が連れて来て預かった事から私が猫好きになったきっかけの可愛く小さな子猫の話です。
「実は最近変な吐き方をするんだよね・・・・。突然で吐く前も吐いた後も元気なんだけど」
友達は何を聞きに来たかと言うと病気なのか、元気に見えるから。
それと大事なのは自分が何をしたらこの子にベストなのか、です。その中にはどこの病院を選ぶか、も入っています。
私にとっても苦手だったのを一瞬にして変えた奇跡の子ですから心配でした。
それで観音様に聞いたら「胃とか腸の問題ではない。ストレスでもない。何らかの臓器が機能不全
起こしていて血液検査で分かるけどいつもの病院は軽く扱って検査の必要なしと言うから〇〇病院
に行きなさい」と行った事のないけど近所の病院を言われました。
見てみると身体の中、首の辺りから下に下っていくと左右にある丸い物が右側のが小さくなり消えていくのが見えたのでこの小さいのって腫瘍?と意味がわからずそれも抱えたままその病院に私も付いて行く事にしました。私の場合映像が象徴的に見えるのでその意味を解釈する必要があったからです。
検査に預けて迎えに行った時の先生の言葉に絶句しました。
「この子は生まれつき片方の腎臓がありません。残された腎臓も萎縮し腎不全を起こしています」
一瞬この先生何言ってるんだろう・・・・いやいやそれでもお薬があるよね・・・・と思って聞いていると
「この子の余命は数年単位では考えられないでしょう」
「え?」
その瞬間友達より私が号泣してしまい頭が真っ白になりました。
血液検査をしたら腎臓の値が物凄く悪く、それでもし何かあったらその後の検査も、とお願いしてあったのでレントゲンやエコーなので確認したそうです。
私はその後先生が話していた内容をあまり覚えていません。
その間私は多分自分を責めていました。
占い師だからと生活の全てを観音様に頼って見たらいけないという考えなのと、仕事としてこの道を選択してから出来るだけ私生活ではスイッチをオフするようにしてきたのです。
そのせいで私の生活はずっこけで抜けてて間抜けそのものなのですが、それもまた人間らしくてよろし、できたのを罪と思えて仕方ありませんでした。
前にその子から「この子連れてきてなかったら今頃どうなってたかな?」と聞かれたときは「死んでたみた
いよ!」と聞いてたのです。何でその時にもっと追求しなかったのか。
具合が悪くなると徹底して見るのですが日常元気だから見ようと思わなかった。
最後に先生が「私も初めての珍しい症例です。よくここまで育てましたね。余程大事にしてきたのでしょう。
今生きてるのが凄いことですよ」と言われると友達は無言で頷いてました。
私はその子に出来るだけ幸せで長生きしてもらおうと友達と誓い合い、次に進んでいたつもりでしたが様子を見ていたら明らかにおかしいと言われました。
痛々しいそうです。
その友達が数日後ぽつりと言いました。
「実はホッとしたところもあるんだよね・・・・」
その子は他に捨て猫を保護していた病院から引き取った猫も飼っていてその2匹は常に抱き合っているくらい仲が良いのですが、その引き取った猫も以前循環器専門の先生に診てもらって先天性の心疾患が重くいつ死んでもおかしくないと言われていたのです。
その時から残された子がどれだけ辛いかと悩んで苦しんできたそうです。
私は私の辛さなんて所詮友達の愛情には比べられないんだなとその時実感しました。
赤ちゃんの時からミルク飲ませて懐に入れて育てた子達への愛情はとてつもなく深かったのです。
最近人間、人類の生き方は間違ってきたのではないかというテーマでよく議論されたり特集されたりしてますが人にも動物にも愛するという能力か根源があったから生き物は繁栄してきたのかもしれません。
その後その子は療法食と毒素を吸着してくれる活性炭で吐く事はなくなりました。
ハンモック型のタワーを怖がっていたのにその後気に入ってよく寝ています。
たまたま1人の人を介し出会った2匹の猫が友に余命の短いであろう子達、そしてお互いを求め慈しみ合って一日一日を生きています。
私はまた生きることと死ぬことと、どう生きていくべきか、いや精一杯与えられた命を生きなければいけないと知らされました。
2012年3月20日
写真は昨年植えたさくらんぼの木です。
ガーデニングは未開の分野で実のなるものが育てられるか心配でしたが、あえて頑張ろうと
植えたものです。
冬には当然葉は落ち枝だけになり、少し温かくなり始めた頃芽吹き花が咲きました。
自然はみなそうやって成長してるのですが、意識して見ているとあり難く奇跡のようにさえ思え
てきます。
震災から1年が経った頃、ある方からお辛い心の内を聞きました。
とても大切なお身内を亡くされてずっと心が癒えることがない方です。
そう親しくもない人に「心中お察しします」という言葉を言われ余計に傷ついたということです。
最初はそうは言え、言ってる人も誰かを亡くしその気持ちは分かってるのかもしれないのだから
あまり否定せず・・・・というような話をしました。
しかし、時間が経って考えると一生懸命1人で生きていこうとしている人に「お察しします」の言葉が
軽く感じてしまうことはあるな・・・・・。
言葉は難しいです。
小さい頃からずっと私には苦手な状況があります。
人の悲しみ、喜びに際してどう言葉をかければいいのか、です。
大人はとても上手にその場をクリアしてるように思えました。
きっと大人になれば相手の心のままに言葉をかけられるようになるのだろうと思っていましたが未だ果たせてる気は全くしません。
中学生の頃祖父を亡くしました。
人はどう生きるべきなのか、弱い私の背中を押してくれていた祖父の死は自己を保てないかもしれないほどの落ち込みでした。
お通夜、お葬式に親戚、近所の人達が来てくれましたが、じっと見ていると悲しみの心でお悔やみを言ってるか言ってないかわかります。
泣いているからと言って心が同じとは限りません。
お弔いに来る人が全て親しい訳ではないので悲しんでなくてもいいのですが、その場の違和感がとても辛かったです。
人の悲しみが分かるからその人をどんな言葉を並べても慰められないと分かってしまう。
だから固まってしまう。
身体は固まっているけれど心はその人を悲しみの底から救いたいとあがいている。
人の喜びが分かるけど心から喜んでると伝わる自信がないから顔がこわばり泣いてしまう。
いっそのこと、言葉を発しなくていいですか?
言葉を使わなくても心の中に悼む気持ち、心の中にある気持ちは人に見せない分正直です。
観音様や魂と話をする時、元々言葉は口に出しません。言葉の羅列ではなく聞きたい事はデータのように入ってきます。
そんな習慣が付いてるから余計に全てを言葉で表す事の困難さを思うのです。
しかし世の中はちゃんと言葉にして伝えないといけないように流れています。
影で泣いて泣いてその人の心の痛みを分かつ気持ちでいても伝わりません。
言葉は難しいですが、それでも先程の方や多くの傷ついた方達に慰めの言葉が癒しとして届く時が
くればいいな、と思います。
またそういう自分でありたいとも思います。
目の前の人と同じ苦しみを経験することは難しい、けれど苦しみや悲しみは多くの人が経験して
います。
自分が這い上がり、人が這い上がるのをお互いに見て励ましあいそうやって人に助けられ勇気を
貰っています。
人を繋ぐ言葉は難しいけれど心は絶対、そう思います。
2012年2月20日
ホイットニー・ヒューストンが亡くなりショックを受けていたらK-1のマイク・ベルナルドも訃報が…。
私はK-1はよく分かりませんが、たまたま宿泊したホテルのエレベーターでマイク・ベルナルドさんとご一緒した事があり大きさにビビりまくった記憶があります。
その日はK-1の試合があり多くの他の選手も居たのですが、何せ詳しくないもので彼くらいしか覚えていません。
すれ違った程度とはいえ会った事の ある方の訃報には動揺させられます。
まだ若い才能に溢れた方々がどんなにか素晴らしく、しかしどんなに苦しんで生きてきて今亡くなったのだろう…と考えてしまいます。
朝の連続ドラマ「カーネーション」は、私の青春を思い出させます。
世代が一緒ということではないのですが、装苑賞(ドラマの中では名前が違いますが)やコシノジュンコさんの話とか・・・・。
私の小さい頃からの夢はファッションデザイナーでした。
毎日毎日、学校から帰るとデザイン画ばかり描いていました。デザイナーになる事が夢という前に素敵な服を着たかった!という願望でした。
高校時代からは私自身装苑賞に応募しまくってました。しかし、本当は実際に自分が着たい服のデザインしか興味が無いのだとわかり、いかにかっこいい、可愛い服のパターンが出来るか、そしてそれを直ぐ着たいんだという流れに変わっていきました。
どんなに忙しくても寝る時間削ってミシンに向かっていた事を思い出します。そういう日々の夢や喜びは何事にも変えがたいものでした。
ドラマの中での彼女たちの服作りに対しての情熱、夢、喜び・・・どれも同調できてわくわくします。
文化服装学院の小池先生の講習を何度か受けたことがありますがその時に忘れられなかった話がありました。
ケンゾー君(高田賢三さん)は人の課題も請け負ってやっていてそれほど勉強したかったんだというような内容でした。
課題を人に頼む生徒がいる反面、沢山作りたい、でも課題が増えればお金もかかるというその意欲が物凄くて他の子の課題までやっていたのよ・・・・ジュンコさんも個性的で我が強い(自分がぶれないというニュアンス)というその期のデザイナーの才能と夢を追いかける意志の強さを語っていらっしゃいました。
何せ30年近く前の話なので細かい言葉は覚えていませんが、人をそこまで動かす夢や才能は物凄いと思いました。私にはそこまでの強さはなかったですね。
後にデザイナーだった時期もありましたがちっとも楽しくありませんでした。自分が着たい物を作って興奮していたのと全く違っていたのです。
多くの人に愛された人でも、人生長いとは限りません。
相当長く生きても100年くらい。
昔は世の中を変えてやる的な夢も持てる時代だったと思います。高度成長、珍しいもの新しいものには皆が飛びつき流行った時代。
今の若者は学生の生活を充実させるより就職の心配をしなければいけなかったり、頑張ったからと言って成功がキラキラと輝いて未来に見えてる訳ではない。
だけど生まれてきたからには自分の好きな事に打ち込んだり、夢を持ち続けて欲しいと思います。
成功の夢もありでしょうが、ただひたすら好きな事を追いかけられる事の幸せは今日、自分から始められますからね。
叶うことより追いかけている過程の面白さがわかる人は、それこそ何かを生み出す可能性の日々でしょう。
大きい事じゃなくてもいいので・・・・・。
私の小さな夢と葛藤と喜びは・・・・。
1、編み物を今日完成させたい、しかし明日の仕事を考えたら無理は出来ない。ぐぐっと我慢して寝るが、明日爆発させるのだー!という欲求を抑え込んだ末の達成。
2、可愛い猫をぎゅーーーっと抱きしめたい。けれど嫌がるので見ながら感触の良いぬいぐるみを代わりにしてぎゅーーーーっとしてほんわかした気持ちになる。 しかし、少し切ない・・・・の愛。
2に関して娘が「それって中高生の男子の行為や気持ちに似てない?」とゲラゲラ笑っていましたが、確かに・・・・・。
「それもファンタジーよ!」と答えつつ結局どうなんだという疑問が生まれる・・・・。
おばさんになってもその気になれば課題と葛藤に身を溺れさせ若い時のもがきモドキが出来ますよ。
1人1人が夢や希望を持てる時代が来て欲しいですね。そこにくっついてくる葛藤もですね。
2012年1月17日
新年のご挨拶には遅くなりましたが、この場をかりまして皆様にとってこの一年が
良い年でありますようお祈り申し上げます。
今日一日を頑張って、或いはゆったりと過ごして明日に繋げていきましょう。
そういう私は今、松葉杖と車椅子の生活です。
元々9月ごろ急に運動したり負担になる行動をしたために膝を痛めていたのですが大事にしようとはしないでもっと運動してしまい、その限界が12月にきてしまいました。
前にも書いたように、ぼーっとしてるという自覚に反し、私は暴走娘(過去の表現)だそうでそれが流石母親だ、よく分かってらっしゃる、と納得する機会が多くなりました。
12月突然脚にピキーンという痛みが走りそれから一歩も歩けなくなる数日前に、絶対大変な事になる!としっかり分かっていたのです。
それなのに休みもしないで人に頼まれた事を断りきれず痛みを我慢して優先させたその夜から動けなくなってしまったのですから。
今回暴走というのは大げさですが、直感で今までとは違うと分かっていながら無理して突き進み全治2ヶ月という結果です。
占い師である私は、日頃鑑定で事前に注意をしてもらいたい事をお話する機会が多く「あれだけ言われたのに聞かなかったから失敗しちゃいました。どうしましょう・・・」といったこともお聞きします。
そしたら次の打開策をお話するのですが、たまに「何度も同じ事繰り返してる私の事馬鹿だと思いますよね〜?」と言われても私はちっともそう思わないのです。
私がそうだから?(笑)
・・・・それもありますが、それが人間らしいと思うからでしょうか。
“わかっているけどしょうがない” 本当の危機からは離れようとする本能を持ちながら、どこかで平穏で
何もない生活じゃなく敢えて自分の限界を試してみたくなる本能とが葛藤して勝ってしまうという瞬間。
お医者さんから「入院」と言われた瞬間ちょっと嬉しくなってしまうのですが現実を考えると家がいいから
「家で安静にしてます」と、せっかくの楽しい入院生活を棒に振って普通の日常に戻るのか「ちぇ」みたいな気持ちになるのって変でしょうか?
お正月に高校時代の親友と話していて、その子が「私ね、あなたの事いつも会社の人とかに自慢してるんだー」
と意外な話が・・・。
その子は明るくて美人で優しくて性格が良くて太陽みたいで高校時代から私にとって最高に素敵なお友達で、そんな彼女が私を褒めることがあるというのが意外でした。
何と自慢してるのかと聞くと、ドラマのように私の人生を語るのです。
私の苦し紛れの暴走、行き当たりばったりの行動、その全てが彼女の話で聞くとドラマなのです。
自分の話なのに酔ってしまいました(笑)
そう思ってくれてるのは彼女だけでしょうが、それで調子に乗ってこれからもこんな生き方で良いのだと
少しだけ思う新年でした。
しかし、私も相談者の方にはそんな危険は冒してほしくはないのでこの性格なのに“より平和で幸せな人生”のお手伝いを使命と思って鑑定させていただいています。
いいんです。皆さんは幸せで!
たまに病気しないと健康のありがたみが分からず、宝くじに当たったら私は多分働かず遊び呆けるでしょう。
車椅子や松葉杖になって初めて分かる不自由さ、人の親切、人の冷たさ。
そういった事を実感したいから時々暴走してしまうのかもしれません。
頭の中だけでは分かったような気になってるだけで本当の辛さはわかりません。
しかし、これでも少しは成長していて去年までは好きな編み物を寝る時間削ってまで抑えきれずやってしまい無理していましたが、明日の為にここまで、と区切りをつけて疲れを溜め込まないようにしています。
ほんのちょっと自分を大事にすればいいだけなんですけどね。
今年の始めという事で反面教師的なお話になりました。
皆様はどうぞ無理やり無理されませんように・・・・・って読んでる方の方がきっと賢くてそんな心配要りませんね。